隔離された死、だれにも顧みられず・・・

 
今日は、病院に行ってきた。
 
昨日、救急搬送された80過ぎのジーさん
 
ガンが悪化して、もう危ない。
 
それまで、よちよち歩きながら(蟻が歩くくらいのスピードで)、
 
事務所に来ていたのに。
 
もう、すっかり弱ってしまって、
 
医者の話によると、2,3日もてばいいとのこと。
 
内蔵の機能がもう全部だめらしい。
 
普通は救急救命室にいるのだが、
 
そのジーさんは、処置室に寝かされていた。
 
酸素マスクをして、
 
手が使えないようにパットをかぶせられて、
 
すっかり痩せこけて
 
白く、透き通ったような肌で、
 
びっしょり汗をかいていて、
 
ブルブル震えながら
 
両手を宙に浮かせて
 
目を開けて、
 
酸素マスクで
 
荒い呼吸をしながら、
 
苦しそうに
 
ブルブル痙攣していた。
 
私は大声で
 
「OOさん! わたしですよ! OOですよ! わかりますか!」
と叫ぶと、
震えながら、目だけはこちらを見て、かすかに頷いたような気がした。
 
私は、なんだか、可哀そうになって、
あと何日かしかもたないのだったら・・・と思い。
でも、そんなことを悟られまいとして、微笑しながら言った。
 
「大丈夫ですか? 痛い?」
彼は、ブルブル震えたまま、かすかに頷いたような気がした。
 
「ちょっとここで、しばらく入院だって。元気になってくださいね。また来ますから・・」
彼は、荒い呼吸をして、ブルブル震えて、こちらを見ていた。
 
看護婦さんが、
「誰もお見舞いに来ないから、来てくださってよかったです」と言っていた。
 
優しい看護婦さんだと思った。
 
病院を出ると、もう5時近くになっていたが、
空はまだ明るく、青い空にものすごい入道雲、低く垂れた込めた雲、灰色の雨雲などが浮かんでいて、
バラエティーに富んだとても美しい、あの世的な空だった。
 
生と死について、考えるとはなしに考えながら、空の景色を、空の光と雲のコントラストを眺めながら、
チャリを走らせた。
 
生と死。
 
特に死について、漠然と考えていた。
 
彼は、ここ2、3カ月で、急に弱ってしまった。
肉体がもたなくなったのだろう。
でも、部品のように簡単には、身体を交換することはできない。
最後まで、弱って、機能しなくなって、
苦しんで、死ぬまで、
人間は、自分の肉体の中に閉じ込められていなくてはならない。
もう、ろくにしゃべることもできず、
もちろん立つことも、食べることも、排泄することもできず、
それでも、目を開けて、なにかを見ていなければならない。
痛みに耐えなければならない。
ぶるぶる震えて我慢して、
死ぬまでの時間を待っていなければならない。
  
学徒動員で戦争に行ったらしい。
 
彼の人生のハイライトは、どんなことをしているときだったんだろう?
 
つい最近まで、酒を飲んでいて、
倒れては、ときどき救急車で搬送されたりしていた。
 
でも、酒が原因で内蔵を悪くしたのだとは思えない。
80代も半ばを過ぎているのだから。
それだけもったのだから、健康だと言えるだろう。
  
耳が遠くて、何を言っているのか、
話がなかなか通じなかったが、
お宅に行くと、必ず、ありがとうと言っていた。
 
文句も言っていたが、
ちゃんと人に感謝できる人だった。
 
そういう人は、人にも愛される。
 
でも、身内には一切見放され、
結局、一人で処置室で震えるだけになってしまった。
 
そんな最後の姿を、誰にも見られたくなかったのではないか?
 
近しい人は誰も、そのような醜い姿を見ないまま、
 
そう、
 
もう、あそこまで行ったら、それはかつての彼ではなく、
 
肉体がダメになる断末魔の状態なのだ。
 
彼の精神は、すでにあの肉体の中では機能し得ない。
 
それでも意識はある。
 
他の、植物状態になったジジイも見たことがあるが、
そのジジイは、生前、まったく尊敬できない人間だったので、
やはり植物状態になっても醜かった。
ちゃんと意識があったときよりは、まだすこしは美しく見えたが、
なぜなら、醜い人格が多少とも消え失せていたから・・
でも、やはりそれでも醜く、頭が悪そうで、
道徳的に劣った、動物以下の肉の固まりにしか見えなかった。
 
死に直面すると
生前のその人間の全てが露呈する。
 
すばらしい人格者は、
死ぬまで、きちんとしていた。
 
自己のことしか頭にない奴は、
自己憐憫の内に、
暗く、冷たく、エゴ100%で死んでいった。
 
一瞬、
一秒、
その瞬間に、
その人の全生命が100%表現している。
 
その人がどんな人だったのか。
 
死につつあるとき、
本人は、死を自覚していないのではないかと思った。
本当に最後の最後になるまで、
自覚しないのではないかと思った。
 
でも、傍から見ると、
もう死に近づいているのが見える。
 
死は、そこらへんにごろごろ転がっている。
 
僕には、だんだん、それが見えるようになってきた。