金曜日

金曜になると、ほっとする。
あした休みだから。
思えば、もうすぐ50になるなんて信じられない。
十代のころ、お世話になった人たちは、皆50くらいだった。
大人というか、立派な老人に見えたものだ。
自分も、もうすぐ、四捨五入すれば50になるというのに
十代のころの50だった人たちに比べたら、自分はなんて子供なのだろう。
今でも精神年齢は十代のままだ。
 
17才のときに弟子になったラジネーシも、当時は50くらいだった。
二十歳でエンライトして、世界中から弟子を集めていた。
伊豆で居候させてもらった霊能者の先生も50くらいだった。
特攻隊崩れで、失明し、博労から山師、教会の牧師からフィクサーまで
なんでもやった、人生経験豊富なトッポイ霊能者だった。
白髪のYさんも50くらいだった。
すでに一切の迷いがないほど、確固とした哲学をもっていた。
みんな、自分の人生を生きて、すでになんらかの確固とした信念を持っていたし、
若い僕にアドバイスしてくれるほどの研かれた思想も持っていた。
と言うより、あんな生意気だった僕が、
話を真剣に聞きたいという気にさせるほどの
なにか確固とした特別の魅力があった。
自分はどうだろう。
なんか、あっちこっち手を出して、忙しくしてる割には、なにも大勢していない。
なんか中途半端のまま、いろんなことをやっている。
職業も自分には合っていないし、自分の思うことが全然できていない。
 
なんか毎日が時間切れという感じ。
なんでこうもあれやこれやをやりたがっているんだろうと自分で思う。
でも、実際には、本当に時間がないから、なにもできない。
朝起きて、仕事に行って・・・この仕事の時間が余計な気がする。
生活するためには仕方が無いが、
そのために、1日のほとんどの時間を使ってしまっては
もう、それ以上何もする時間がなくなる。
学校から帰ってきて、夜ご飯を食べてお風呂に入って寝るだけだ。
頭は別のことを考えている。
でも、それを体で行動する物理的時間がないから、
分裂してくる。
 
そんな一週間が終わると、金曜日は必ず、夜更かししてしまう。
自分自身の時間だ。
明け方寝る。
そして次の日も夜更かし、そして、次の日、月曜日・・・眠たいまま朝を向かえ
また朝から晩まで・・・の繰り返し。
 
しかし、もうすぐこのサイクルも、嫌でも終わるのだ。
 
多分、4年生になったら、少しは楽できそうだ。
そして、あと1年で卒業。
そうなったら、なんか、気が抜けるだろうな。
つまんない職場を忘れる、いい気分転換になっていたのに
他に頭使わなくなったら、くだらないこと考えてしまう頭は、嫌だ。
学校で頭、嫌でも勉強に使うから、仕事の下らない日常のことを
すっかり忘れることができる。
そうでもしなきゃ、ちょっと耐えられないよ。
なにしろ、僕は、新卒で入った世間知らずのぬるま湯に浸かった
井の中のカワズじゃないから、
周りで蠢いて“仕事”してる奴らみると嫌になってくる。
奴らは“仕事”してると思っているが、あんのは“仕事”じゃない。
実際、ばかばかしくなってきて、どうやって割り切ろうかといつも考えている。
下手にいろんな経験すると、自分の経験を相対化できるから、
井の中の蛙のように勘違いしたまま、偉くなった気には到底なれない。
そうしたカワズらの、勘違いしてインフレを起こしたアイデンティティーまで
見え透いてしまって、かえって、普通になれない。天邪鬼だから。
なんか、だれそれ、とか、何某とかいう立派な大人が、
バカの一つ覚えのような気がしてくるから、たちに負えない。
 
ということで、僕は何某かには、一生ならずに、
このまま最低限の生活費を稼ぎながら、
一生を終えるのだろう。
労働の対価を得て、消費しなければ、
くうねるところにすむところがおぼつかなくなるんじゃしかたがない。
 
最近、タバコの吸いすぎが気になり始めた。
 
病気になるんじゃないかと思ったりして。
 
もう、そんな年なのに・・・まだいろいろ迷っている。