なくしたもの

 昨日から今日にかけて、仕事から帰ってきて、ずっと、探していた。
 僕が20才のときに描いた自画像の写真だ。
 本物の絵は、Yさんにあげた。
 Yさんは、それを屋根裏部屋にしまっていたが、彼女がなくなる少し前に、家の物は全部、本当に全部、処分してしまった。そのとき、僕の(傑作の)自画像も処分されてしまった。
 ところが、写真が1枚だけ手元にあったはずだ。誰か忘れてしまったが、自画像の写真を撮ってくれた人がいて、ネガは無いが、プリントだけ1枚手元にあるはずだった。
 それをずっと探していた。
 探すとあるあるある。僕がいたずら描きした絵がゴミのようにたくさん出てきた。
 その中にまぎれて、自画像の写真もあるはずだった。でも、ついに見つからなかった。
 それにしても、こんな絵、描いてたんだ?という絵がばらばら出てきた。
 でも、写真は見つからなかった。
 たぶん、自分で捨てたのだろう。
 僕は、大切なものほど捨てる傾向がある。
 どうでもいいものは何故かしまってとってある。
 でも、大切なものは、何故か捨ててしまう。
 例えば、横尾忠則の初期のシルクスクリーンのポスターの本物。これは、何故か従兄弟にあげてしまった。ビートルズイエローサブマリンのおもちゃ、これは、中学の友達に取られてしまった。ビートルズの初版の赤いレコード。これは友達に安く1000円くらいで売ってしまった。
 そして、二十歳で初めて描いた自画像。極彩色のインディアンのような自画像。自分でも傑作だと思っていた。だからYさんにあげた。そして唯一の写真も、たぶん、自分で捨てたのだろう。
 全裸の50号の自画像は、粗大ゴミに出したし、ずいぶん若い頃描いた絵を捨てた。
 今思うと、もう二度と描けない絵ばかりだ。
 そのくせ、いらないものはたくさんとってある。
 自分で、何がいるもので、何がいらないものか判断できないようだ。
 大切に思えるものほど捨てたくなるのは何故か?
 わからない。
 この自分の神経。
 そんなわけで、その自画像の写真をスキャンしてブログに載せようと思ったのだが、できなかった。
 残念。
 しまいには、自分自身をなくし、誰の記憶からも消えるのだろう。