禅マスター鈴木俊隆


アメリカに禅を輸出した二人の鈴木がいるという。
鈴木大拙と鈴木俊隆。
鈴木大拙の本はほとんど読んだが、鈴木俊隆の本は読んだこともないばかりか、その存在も知らなかった。
フェースブックで禅のグループに入ったら、かなり頻繁に鈴木俊隆の引用がされていて、
いったいこの禅僧はだれなんだろうといぶかしく思っていた。
その反面、鈴木大拙の本からの引用は、今まで一度も見たことがない。
アメリカでは俊隆の方が有名なのだろう。
大拙は学者的存在だが、俊隆はサンフランシスコ禅センターを立ち上げた禅マスターだ。
サンフランシスコ禅センターのことについては、僕の知っているのは、若い頃出会った山田龍法さんのことだが、
あまりここでは彼との出会いなど、詳しいことは書かないことにする。
なにしろ、カウンターカルチャー全盛期のサンフランシスコのことだ。
様々な”意識の実験”がなされていたのだろう。
そのなかのひとつが”禅”であったのだろうが、
アメリカに渡った禅は、ほとんどこの禅マスターによるところが大きいことを知った。
 
彼の本は、寝っ転がって読むような本ではないような気がしてしまうのだ。
 
禅のグループでは、鈴木俊隆からの引用以外に、利己的遺伝子で有名なリチャード・ドーキンスだとか、コンピュータ時代の自己意識の研究で有名なダニエル・デネットとかの学者とかまで引用されて議論される。ときどき、アラン・ワッツが引用されることもあるが、読んでみたがそれほど面白いとは思わなかった。それより、ラジニーシの方がずっと面白いが、禅のグループの中では中指を立てられてしまう存在らしい。何故だろう? きっとバグワンと同じくらいの世代がいるのと、カウンターカルチャー時代を卒業した団塊世代が多いので、その当時のことに何らかのトラウマを持っているだろうと勝手に想像してしまうのと、アメリカのオレゴン州で作りかけていた膨大なコミューン、ラジニーシ・プーラムの失敗したときの評判が悪すぎるのと、現在インドで出来ている、まるで精神世界ディスニー・リゾートのようなオショー・アシュラムが幼稚で馬鹿げて見えだけでなく、ディズニーリゾートに行くよりも金がかかるアメリカンなリゾートだからだろう。
 
とにかく、アメリカに渡った禅の功労者に、鈴木大拙やアラン・ワッツのほかに、鈴木俊隆という禅マスターがいたことを禅のグループに入って始めて知ったのだった。そして、未だに鈴木俊隆が播いた種が、アメリカの禅の僧院で脈々と受け継がれているようだ。
 
そんな禅林で修業している人も加わっている禅のグループに英語もろくにできない僕が入って、いいかげんな思いつきを書いて面白がっている。いや、面白がっていたのは先週までで、もう少し、飽きてきてしまってきているので、フェース・ブックのもっと面白い使い方はないか、いま探しているところだ。